ベートーヴェン

ピアノソナタ Op.109, Op.110, Op.111
内田光子(Phillips)

内田光子の緻密さ、繊細さ、知性が良い方に表現された名演。
演奏レベルはコヴァセヴィッチ盤やグード盤などに匹敵する最高レベル。
個人的な好みでは結局コヴァセヴィッチの演奏が最高かな。内田光子の世界は深い。特にOp.111の第二楽章の後半では、透明で無限に広い内的世界の底に降りて行くかのような深遠な音世界で素晴らしい。ただ、ベートーヴェンで時折現れる決然とした圧倒的強さと厳しさが欲しいな〜、と思う所で彼女の音は力強さよりも深さを選んでいる。結局、そういう意味で私はコヴァセヴィッチを選んでしまう。圧倒的強さを透明感を失わずに表現し尽くしたコヴァセヴィッチに参ってしまったのだ。

逆に内田のベートーヴェンでは慈しみに満ち、人生というものに深い理解の光を灯すかのようなベートーヴェンの姿がある。
Op.109の余韻に満ちた世界は、コヴァセヴィッチの目も眩むような圧倒的な光の中に突き進む世界ではない。むしろ光がゆっくりと収束していく様を感じるのだ。

Op.110はそんな深さが逆に重苦しくも感じられるのだ。もちろん嘆きの歌〜フーガ辺りの深さは尋常ではなく、素晴らしい。ただ深みにはまってるような気にならなくもない... 笑

Op.111はやはり第二楽章の展開が圧倒的だ。自身の人生を見つめ人生とは何かを理解した作曲家の内的世界は限りなく深い。その深く見渡す限り透明な世界を内田はゆっくりと降りてゆく。そして降り立った先には、人生に対する感謝の念なのだ。ここでの内田のトリルはとにかく素晴らしい。Op.111の第二楽章では最高のものだろう。第二楽章前半最後の陽気なボールルームダンスの部分もリズムがとても良い。ここでのリズムが下手なピアニストがいて結構興味深いのだ。ブレンデルとかになるとリズムが全然捉えられてなくて「ダンス下手そうだよな〜ブレンデル...」って事になってしまっているし、その他のピアニストもここのリズムは結構ひどくて、「ため」が全くできていないものが多い。内田の演奏はちゃんとリズム感豊かな演奏にまとめられている。

ここ数年ででてきたベートーヴェンの最後のソナタの演奏で、ベートーヴェンピアノソナタも新たなる時代へ来ているような気がする。
やはりアラウのようなおじいちゃん的懐の深さはあっても厳しさのない演奏から、限りなく透徹した音世界へ変貌しているのだ。
良い事だ。笑