クラシック以外についての事は書かないようにしようとは思っていたのだが、もう5年も経ったんだという不思議な感慨を抱いたのでやっぱり書いておこうと思う。


あの日に起きた事件、そしてそれに続いた戦争。誰が始めたのか、誰が悪人なのか等と語るつもりは毛頭ない。ただ、今日でちょうど5年目を迎える「同時多発テロ事件」が色々な国の色々な人に大きな影響を与えた事は事実だ。人生を180度変える程では無いにしろ、少なくとも私にとっては大きな影響を与える事件だった。アメリカ国内、特にニューヨーク市内とその周辺ではありとあらゆる人がおのおのの視点でこの事件を捉えている。それは決して、「アメリカが攻撃され、無差別に人が殺され、戦争が始まった」というような図式ではない。だから、あの日の一人一人に起こった事をそれぞれが書く事が何らかの意味を持つのではないか、と思うようになった。たとえ、それが他の人から観て「大した事ではない」と思われたとしても、自分が体験した事を劇的に表現することなく、客観的に述べるでもなく、なるべく「素直」に書いてみようと思う。


その日の朝、会社に行く前に私は同居人君とコーヒーを飲みながらコンピューターに向かって日本の友達にメールを打っていた。私達が住んでいたアパートはチェルシーというワールドトレードセンターからは1マイルほど離れたところにある。同居人君の携帯電話に友人から電話が入って、彼はすぐに「テレビ早くつけて!ワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んだって!」と言うので、私はすぐにTVをつけてCNNに回した。見慣れたワールドトレードセンターの銀色に光るタワーには飛行機の形にぽっかりと穴が開いていて、そこからチラチラと火が見えている。彼は「Oh my god...」と絶句した。同居人君は画面を食い入るように観ながらも携帯電話で友達と話している。友達は会社に行く途中で目撃したらしい。友達はそのまま会社に向かったらしく、同居人君は携帯を切った。彼と私は画面に映し出されている信じがたい光景に、「事故?テロ?なんなの?」と言いあっていたのだが、93年に起きたワールドトレードセンターの爆破テロ時に正にそこのタワーで働いていた同居人君はどうしても「テロかも...」と思ってしまうようだった。テレビもこの事件を事故と捉えていいのか全くわからない報道だったのだが、私達が報道を観ているその時にもう片方のビルから大きな爆発があり、火花が「どどーん」と黒煙とともに燃え上がった。「Oh shit, oh no!」同居人君は椅子から飛び上がった。私は「え?なんで飛行機が突っ込んだタワーと別なタワーが爆発するの?」と単純に疑問に思っていた。バカな事に、私は「もう一方のビルに燃料が降りかかったのかな?」とかあり得ない原因を考えていた。私達が観ていたテレビのカメラの方向は2機目の飛行機が突っ込んだ方向とは逆だったので、タワーが突然爆発したように見えたのだ。同居人君は「テロだよ、絶対おかしい。あり得ない。」と騒ぐ中、私は会社に行く時間になったので「今から現場を観てくるよ〜」と同居人君に言って玄関に向かった。私の働くオフィスはワールドトレードセンターから250-300メートルほど離れたところにあるので、テレビで観なくても実際に近くで観ればいいや、ぐらいに考えていた。同居人君も会社に行く時間になっていた。彼のオフィスはミッドタウンにある。彼は玄関を出る私に「くれぐれも気をつけてよ!」と声をかけた。


私が住んでいたチェルシー地区から会社があるダウンタウンのChamber St駅までは各駅の地下鉄(1・9 線)で約10分。急行に乗れたら5分だ。この日は各駅停車に乗った。私が通勤する時間は大抵9時以降なので、朝早い金融関係の通勤が多いダウンタウン行きの電車は空いていた。車内ではあちこちで朝の話題がヒソヒソと聞こえていた。隣の背の高いスーツを着た白人女性が「今、WTCが大変なの知ってる?飛行機が突っ込んだらしいわ。」と周りの人達に話し出すと、その隣のユダヤ系のビジネスマン系の人が「え、僕は今からWTCに用事があって行かなくちゃいけないんだけど...」と反応すると、その女性は「絶対行かない方が良いわ。絶対よ。不吉よ。何か間違ってる。絶対に行っちゃダメよ。」と忠告した。そんな車内の会話を聞いている間に、電車は私の降りるChamber Stに着いた。本来なら、電車はそのまま次のWTC駅に行くのだが、「WTCで事故があったため、電車はここで終点となります。1番9番の地下鉄の営業は停止いたします。上りも下りも前線ストップいたします。」と放送があり、全ての乗客が電車から駅から外に出るように指示された。この異様な放送に駅は騒然となっていて、全てのホームに停まった電車からゾロゾロと人が駅の外に出て行く様子も尋常ではなかった。


階段を上がって地上に出ると、真っ青な秋晴れが美しくて、気温は結構高かったけど空気が割と乾燥していて清々しかった。WTCのツインタワーを見ると、目の前にそびえ立つ銀色に光るタワーから煙がもくもくと出ていて、周りには何千枚という紙が飛んでいる。一機目が突っ込んだ跡がノースタワーに飛行機の形にくっきりあいていて、美しい青い空をバックに銀色のタワーと不思議なコントラストだった。この世にはあり得ないダリのようなシュールな映像をみているかのような感じだった。それが目の前一杯に広がっていて異様だった。300メートル離れているけど、400メートルのタワーは多いかぶさるように大きく見えるのだ。そしてタワーのあちこちから火がチロチロ出ていて、火が燃え拡がっているのがわかる。地下鉄の運行が全て停止したのを理由にできるので、私はしばらく(多分10分ぐらい)この不思議な光景を見ていた。


その後、オフィスに入るとオフィスは騒然としていた。15人程の小さな会社なのだが、みんなこの事件の事を話している。隣の台湾系のアメリカ人の男の子ジェイソンに教えてもらって、はじめて私はサウスタワーの爆発が2機目が突っ込んだという事がわかった。ようやく私にもこれがテロだという事がわかりはじめた。しかもワシントンDCのペンタゴンにも一機が突っ込んだらしい。受付の女の子は家でテレビを観ている母親と携帯で話をしていたらしく、携帯で話しながらオフィスのみんなに向かって「全部で9機がハイジャックされたらしいの、他にもまだハイジャックされた飛行機が飛んでるらしいわ!」と大声で言った。ジェイソンは「戦争だ、戦争が始まったんだ!」と大声で叫んで、いつもクールで客観的な意見を言うユダヤ系のマットは「だけど、誰が誰に対する戦争なんだよ、テロだろ?」と言い正した。私はパニックにはならなかったけど、何がなんだかさっぱりわからないような状態にいた。大体、テロってどういう意味なんだろう?テロって突然何かを攻撃すること?突然攻撃する戦争とどう違うの?なぜWTCに飛行機が突っ込んでいるの?日本人でこれまでテロということに遭遇したこともない自分には、テロという事の意味を深く考えた事も無くて、今、窓のすぐ外で起こっている事がニュースで見る「テロ」とか「攻撃」といった事象と関連づける事ができなかった。
すると社長(若いフランス人)が出て来て、「みんな今日はもう会社を閉じる。何かとても不吉な事が起こっているから、すぐ家に帰りなさい。」とみんなに言った。私はみんなに「もう地下鉄も全部止まってるよ、多分バスなんかも完全に運行停止だと思う。」と言うと、みんなはどうやって帰るのか、とブツブツ言いながら会社を出た。外に出て、それぞれ「気をつけて!」とお互いに声をかけて別れた。


もう今日はやる事もなくなってしまったし、どうせ家に帰るのも歩きだと時間がかかるので、しばらくツインタワーを観ていようと思った。さきほど立っていた所(Chamber St. とChurch Stの角)まで戻ってみると、警官が立っていてChamber Stから南(WTC方向)は立ち入り禁止だ!と叫んでいた。周囲はやじ馬で一杯で、みんな写真を撮ったり、知らない人同士で話したりしていて凄い騒ぎだった。
私も相変わらず紙が飛んでいて、煙を吐き出し続けるツインタワーをぼおーっと観ていた。すると、周りの人達が「あああ!」とか「キャッ!」とか「やめて!」とか言ってるのが聞こえる。何が起こっているのかわからない私は、隣に立っていた黒人女性に「え、何が起こってるの?」と訊いたら、彼女は「人がビルから飛び降りてるのよ、次々とよ!oh my...」と言って口を手で押さえた。自分には見えないけど、周りの反応を訊くと、次々と誰かが飛び降りてるのがわかる。聞くだけでも恐ろしいので、自分はそこまではっきりと見えなくて良かったと思った。立ち入り禁止区域から、人がみんなこっちに向かって歩いてくる。どうやらツインタワー付近のビルから非難してきたのだろう。みんな何がなんだかわからなく警官に誘導されて、私のいる辺りまできた。
私は2機目が突っ込んだサウスタワーをもう一度じ〜っと観てみた。こちらも相当火が広がっているみたいだった。すると突然、「ピシ、ピシ、ピシ、ピシ、」と次々と何かがはずれるような金属音がしたかと思うと、タワーの上が揺らいで突然何百という銀の柱がまるで降り掛かってくるかのように噴出しながら上から崩れ始めて行く。足からは信じられないような地鳴りのような地響きが「ドドドドッッドドド」と響いて来た。自分の目が信じられなかった。タワーの1/5程が崩れたところで、「OH MY GOOOOOOOD!」と「OH SHIT!!!!」とみんな一斉に叫び出して、クルっとタワーと反対の方向に走り出した。私も全速力で走った。警官達も走りながら「Everybody, RUN!!!」と叫んでいた。もう何がなんだかわからないけど、とにかく走った。後ろからはこの世のものとも思えない地鳴りが、そして周りの人はみな悲鳴を上げながら走っていた。最後のドドーンという音が響いて、少ししてから私は一瞬後ろを振り返った。崩れ始めて一分後ぐらいだっと思うが、さっき自分の居た所にももう煙というか粉塵がとどいてダウンタウンのビル全てを覆っていた。すでに私は粉塵が届かないところまで走って来ていた。涙が半分出かかっていた。それぐらい恐ろしかった。周りの女性で取り乱して歩けない状態の人もいて、男の人につかまって泣きながら歩いている人が何人もいた。でも、みんなとにかく同じ方向を歩いていた。タワーからなるべく早く遠ざかる事。それだけだった。私もとにかく家に帰ろうと1人で歩き続けた。


まだ続きがありますが、とりあえずここまでです。